コロナエリート出現で社会の格差が見える化する

コロナエリート出現で社会の格差が見える化する

社会が今どんどん回復、正常化しています。特にスポーツ界が顕著で伝統的大会が復活してきている。まだ無観客や制限が厳しいですが、徐々に正常化を模索してきている所です。この中でもスポーツ選手はかなり厳しい感染対策を求められている。選手の中から感染が出てしまうと大会が中止になってしまうからです。

クラシックや映画館、満席も可能に スポーツも制限緩和

一見、社会が正常化しつつあるように見えても選手は何時も以上の制限下、ストレスに晒されているのです。こうやってコロナ禍において露出が多い人達は一種のエリートで自分達がコロナの日常において手本とならなければならない立場に追い込まれています。

マスクの付け方一つにも厳しく見られ、社会的距離、その言動、一挙手一投足に厳しい目が向けられます。例えば大相撲では今は夜気軽に飲みに行くことも許されない状況てす。

こういった見えない努力の結果、スポーツが何事もなく運営されているように見える訳ですが、視聴者にとっては世の中がコロナ以前に戻ったかのように見えてしまいます。まるで水面下の必死の足かきを見せない優雅な白鳥の姿のように。

そこで、もう大丈夫、コロナなんて消えたと思ってしまう輩が誕生します。世の中がかなり以前のような姿になって、見えない努力など知らずに、以前の様に振る舞ってしまう。そういう事が、これから飲食店などで再現されそうです。

東京都も15日から飲食店の深夜営業が認められるようになるので、そういった輩が増えるでしょう。そうしてまた感染者が増えて行くでしょう。

そういった表舞台に立つ人と裏舞台の人間ではコロナ対策も段違いに行われている事を意識しなければなりません。また、このコロナ対策を十分に行える層と行えない層で格差が生じて来るでしょう。

これもまた差別を生む原因にもなってきます。コロナ対策をしっかり出来る知識層と出来ない下層労働者という見方だったり、上級選民思想とそれを見下す、上から目線です。こういった社会状況を意識的に捉えて見ていく事がこれからの状況を的確に描くことを助けてくれると思います。